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音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

セミナースケジュールはこちらです。 山本美芽オフィシャルサイト

固定ハンドルでも素性はバレる

ブログの作法

ブログの作法についての本についての原稿を少しずつ書いています。
書けたものから少しずつアップしていきますね。



 ネットで書くときに本名をさらしている人は比較的少なく、多くの人がハンドルネームを使っていることだろう。
 私の場合は、ネットも、本を出すときも、雑誌に原稿を書くときも、すべて本名で書いている。たまたま珍しい名前なので、違う名前を名乗りたくないからだ。しかし本名で書く以上は、人に見られて恥ずかしいものをネット上に公表しづらくなる。思ったことを次から次へと書きたい放題にはできない。(もしかしたら気ままに書いているように見えるかもしれないが、それなりに気を使っている)。

 本名でネットに書いたものは、友人知人、親や親戚、家族の知り合い、昔の教え子、見知らぬ出版社の編集者、あらゆる人に見られる可能性があるのだ(実際、すでに見られている)。だから、誰にも報酬をもらわないブログや、掲示板への書き込みであっても、いい加減なことは絶対に書けない。

 本名に比べると、固定ハンドル使用で書いている人はどうか。たとえば、掲示板ぐらいでは、ぱっと名前を見ただけで「あ、この人か」とリアルの知人にバレる心配はないだろう。しかし、ブログを書いている場合は、固定ハンドルであっても、自分の素性がバレる可能性は大きい。特に、「自分」についての記述が入ってしまうと、検索エンジンで何かの単語がひっかかって、知り合いがそれを見たら「あの人のことだな」とわかる可能性が高い。

 「自分」について一切語らずにブログを書き続けることは非常に難しいのである。自分が男か女か、何歳なのか、どこに住んでいるのか、どんな学校に行っていたのか、結婚しているのかしていないのか、子どもはいるのかいないのか。それらによって社会の中の自分の位置がかわる。

 たとえば、「アメリカの学校に男がたてこもって生徒を人質にとった」というニュースについて、あなたはブログ(または日記)にどんな感想を書くだろうか。
 日本の高校生 →「そんな事件があったなんて怖い」
 日本に住んでいる母親 → 「ひとごとじゃない、うちの子の学校は大丈夫か」
 子育てを終えた世代 →「アメリカは怖い」
 校長経験者 → 「学校の警備のどこに問題があったのか」
 というように、立場によってそれぞれ感想が違うのが自然だ。

 こうした「私」をまったく関与させない文章の代表が新聞である。でも、もしも「自分」については触れない新聞のような文章を書きたい、書けるのなら、完全な匿名の維持は可能だ。

 「私」についてまったく触れず、自分の感想や意見も含めない新聞チックな文章。そうしたものを、私の場合仕事として書くことがある。そうした文章に対するニーズは常にある一方で、書く側としては、それほど楽しいものではない。ライターでない一般人がギャラをもらわないで自分自身のために文章を書く以上、「自分」がにじみ出るのが自然ななりゆきなのだ。

 だから、ハンドルネームなら自分が誰だかバレない、と信じるのは危険である。もちろんバレずにうまくやっている人もいるのだが、ブログを書く場合、原則として、最悪の場合、友人知人親戚、その他あらゆる人にバレても大丈夫な文章にしておくほうが無難である。