1915年の春、母に連れられ、リムスキーコルサコフのオペラを観劇、翌日多くのナンバーを正確に暗誦して家族を驚かせる。この年の夏、母親ソフィヤはショスタコーヴィチをピアノの前に座らせた。彼は生まれながらの絶対音感と驚異的な記憶力かあった。ハイドンの交響曲をゆっくり正確に演奏できた。一度譜読みした作品を、すぐに暗譜で繰り返すことができた。譜読みは苦手だったが母親の指導で克服。伝説の初見能力の持ち主となる。レッスン開始後1か月後、イグナーツィ グリャスセルの音楽学校に入学、12.13歳から作曲始める。
千葉潤 ショスタコーヴィチ
音楽之友社 13.15 ページより要約