音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

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ラスベガス、ベネチアンホテルで「オペラ座の怪人」

ベネチアンホテルでは、1階にある巨大なカジノの隣に「オペラ座の怪人」専用ミュージカル劇場があります。

7時からの部と9時半からの部の2回公演。
子どもたちをベッドにもぐりこませ、お目付け役の夫にあとを頼んで、ベネチアンホテルの部屋を9時に出発しました。

エレベーターで1階まで降りて、写真スタジオかと思うような豪奢なシャンデリアがぶらさがり、柱のそばには猫足の椅子とテーブルが置かれた大理石の床でできた廊下を30メートルほど歩き、そこを右に回ると、テラスのそばの吹き抜け天井の明るい渡り廊下に出ます。

そこにまたエレベーターがあって、ひとつ降りると、フロントの近くに。このフロントが、朝も夜も30人前後のスーツケースをさげた人がチェックインやチェックアウトのための行列を作っていて、巨大ホテルならではです。

頭の上のシャンデリアは、繊細なガラスでできた大輪の花がたわわに実るかのようで、まぎれもないベニスの職人さんが作ったに違いない芸術品が、惜しげもなくあちこちに下がっています。

ここからまた、宮殿かと思うような高い天井のゴージャスな廊下を歩いていくとカジノに到着。そしてカジノを抜けると、いよいよ、劇場がありました。開場ぎりぎりに着いたので、みんな並んでいます。

うおー!! ドレスアップ率高し。膝丈ぐらいの黒いドレスに、9センチぐらいのヒールをはいた長身の美女があちこちに。お客さんの記念写真を撮ってくれるカメラマンもロビーに待機。お客さんとして劇を見に来たのに、なんだか自分が劇の登場人物になったような気がちょっとだけしてくるような、面白い演出です。

クルーズにはたくさん行って、フォーマルの日もいっぱいあったし、ショーもたくさん見ましたけど、ラスベガスは、客層が違うので、雰囲気がぜんぜん違います。クルーズには絶対いなさそうな、水商売風の異様にびしっと決まった女性とか、ぴちぴちの肌がまぶしい若い女の子たちとか、ベネチアンホテルにはいないけれど、街中には歩きながらお酒をがぶ飲みしつつ、奇声を発していた若い男の子グループとか。お酒を路上で飲めるなんてカリフォルニアではありえないので、おおーネバダに来たのかと実感。もちろん、超カジュアルな服装の家族連れなんかもいましたけどね。

さて、会場に入ります。暗いなあ。字が読めないぐらい。おっと、オーケストラピットが舞台の真下に。打楽器の人はちゃんとティンパニ一式にドラムセット類に、ひととおり。ホルンが3人?? 金管木管もちゃんといますね。弦も8人ぐらいいる! キーボードは2台。おおー。これはちょっとしたオーケストラですね。これが生演奏なんて豪華!! ミュージカルってあまり見たことがないので知らないのですが、これが当たり前なんでしょうかね。でも、これだけの生演奏で、役者さんも見られて、チケット100ドルは、ものすごいお得かもしれない。オーケストラピットを見ているだけで、だんだん盛り上がってきちゃいました。

 ステージ両脇の壁いちめんに、カーテンがずっとかかっています。これ、どうするんだろう。それから、客席中央にシャンデリアが大中小と3個ぶらさがり、それからステージの上にも1個置いてあります。これ、どうなるのかしら。

ということでこのあとはネタばれになりますので、知りたくない方は読まないでくださいね。

このシャンデリアたちは、ミュージカル冒頭で、UFOみたいに劇場のなかをぐるんぐるんと飛んで、最後には合体して、天井にしゅーっとおさまったのでした。それと同時に、壁のカーテンがさーっとあがって、パリのオペラ座のバルコニー席、1階から3階までが、お客さんのマネキンつきで現れました。マネキンは、全部19世紀の上流階級の服装でドレスアップしています。ファミリーもいれば若いカップル、年配のカップルもいるというように、全員違う人物です。

そう、やはり、なんといってもオペラ座の怪人専用劇場なので、舞台装置の派手なこと!! 花火も何回もあったし、舞台の上に突然バーナーの列が出て炎が燃えたりしたし、オペラ座の地下の湖になるシーンでは、高さ1メートル近い厚みのすごい量のドライアイスがもうもうと出てきて、その上をゴンドラに乗った怪人とクリスティーヌがすべるように漕いでいて、ほんとうに水の上みたい。

ちなみに、合体して落ち着いたシャンデリアの中から、途中で怪人がびろーんとぶらさがってきました。スタントマンの人がやっているんでしょうね。もう、こうなると、サーカス的な要素が…。さすがラスベガスの劇場です。

けっこうこの日、昼間歩き回って、くたびれモードだったので、あとで夫に「寝なかった?」なんて言われたんですけれど、5分に1回ぐらい、派手な舞台転換や、花火や、炎や、煙、サーカス的な派手な演出が入るスピーディで息もつかせぬ展開。眠くなるヒマなんてありません。

そんなふうにびっくりさせられっぱなしの舞台ですが、やっぱり、ミュージカルですから。もうおじさんで怖い顔の怪人と、若くみずみずしいクリスティーヌと、若いパトロン、イケメンのラウルの三角関係みたいなストーリーなわけです。このミュージカルの映画を見たときにも思ったけれど、怪人はもう若くないし、仮面をとっちゃうと顔も怖いし、ラウルのイケメンぶりには、とてもかなわない。声もちょっと怖い。でも、やっぱり、怪人のほうにひかれるなって思わせちゃうんですね。どうしてなんだろう? その「怪人」の魅力というのが、このミュージカルそのものの魅力なのかもしれませんが。

ただ、最初に見たのが「オペラ座の怪人」の映画で、あの映画の怪人はかなりハンサムで歌にはパンチがあったし、クリスティーヌも清楚で可憐、歌声も細いけれど芯が通った美しさがあってすごくよかったんですよね。それと比較しちゃうと今回の役者さんはいまひとつ物足りなかったかなあ。ファントムの歌声は、パワーがもうひとつ欲しかったし、クリスティーヌの歌声は美しかったですが、可憐というにはきびしかったかも。そこまで求めちゃうのも過大な期待で、申し訳ないですけど。

でも、終盤の名曲「ポイント・オブ・ノー・リターン」の歌は、やっぱり聴きごたえがあったし、劇中オペラのシーンでの「マスカレード」の合唱もスケールが大きくて素晴らしかった。オペラ歌手「カルロッタ」役の人の歌はなかなか素晴らしいなと思ってあとでプロフィールを見たら、オペラ畑で活躍した人で、ミュージカルの人じゃないんですね。劇中劇でいろんなオペラのワンシーンが入るのも、クラシックが地盤の私には、すごくしっくりきます。

私は最前列のいちばん右はじという席に座っていたので、役者さんたちがほんの2メートルぐらいの近さまで来ることが何度もありました。同じ人間なのに、この役者さんたちは、劇場のお客さんたちみんなをこのストーリーの世界に連れて行く力を持っているんだと思うと、すごく不思議な気持ちになりました。歌の力? 衣装の力? それと、ストーリーがお客さんの頭の中につくるイメージの力?

カーテンコールに出てきたファントム(怪人)を見たときも、この人は本当は怪人でもなんでもないはずなのに、舞台の間はお客さん全員をだましてしまう力量があるわけで、この人の何がそこまでみんなをだます力なんだろうと、不思議でなりませんでした。おそらくは、あらゆるディテールの積み重ねなんでしょうが。

ラスベガスでしか見られない「オペラ座の怪人」、役者さんたちにとっては1日2回、日曜日だけが休みで毎日毎日の日常なんでしょうが、私にとってはアメリカに5年近くもいて、やっとの思いでたった1回だけ見ることができたミュージカル。大満足のクオリティでした。役者さんたち、オケのみなさん、素敵な時間をありがとう。思わず小声でつぶやきながら、ロビーに出ると、仕上がった開演前の自分の写真を買うお客さんの行列が。

大急ぎで、部屋まで戻る途中に、BGMで「オペラ座の怪人」の劇中歌が流れているんですね。廊下にも、エレベーターにも。まだ舞台の余韻が抜けないぼーっとした状態で映画の撮影でもできそうな、ベニスの宮殿みたいな豪華な廊下を歩いていると、なんだか自分も物語の中に入ってしまったような錯覚を覚えました。これこそが非日常でできた虚構の街、ラスベガスの魅力なのかもしれません。


オペラ座の怪人 通常版 [DVD]

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