劇団をやめて、男は中学校の先生になりました。劇団で全国の学校をまわるうちに、学校の先生もいいなと思ったのでした。大学では経済学部だったので、社会科の教員免許をとっておいたのです。芝居っけたっぷりの面白おかしい話は、生徒に人気が出ました。男は生徒がかわいくてしょうがありませんでした。タバコやシンナーを吸ったり、学校で暴れたりする生徒も、男には心を開いて話してくれました。家には、しょっちゅう生徒が遊びに来ました。
まさに男にとって、教師は天職だったのです。
男は結婚して、妻とのあいだに娘と息子が生まれました。男は自分がアコーディオンをやめたときのくやしい思いを忘れませんでした。娘と息子にはミルクを飲ませるたびにモーツァルトを聴かせ、3歳からピアノを習わせました。
残念ながら娘にはピアニストになるほどの才能はありませんでしたが、ピアノが好きな子に育ちました。大きくなった娘は、大学に入って音楽の先生をめざしていました。
娘は父に似て、よくしゃべる子でした。調子に乗ると、機関銃のように何時間でもしゃべり続けるのです。
あるとき、娘の友達が家に遊びに来ました。すると、友達は、お父さんが娘以上におしゃべりで、やはり機関銃のように、何時間でも話をするのを聞き、びっくりしました。彼女の家族には、そんなふうにひっきりなしにしゃべり続けている人はいなかったからです。
口から先に生まれたようなこの親子を見て、娘の友達はこんなことを言いました。
「あのお父さんにして、この娘ありって感じ」
大学を卒業して、娘は音楽の先生になりました。父がつとめる中学校と、同じ市内の中学校に配属されて、そこで教えていました。
しかし、父が2年で証券会社を辞めたように、娘は2年で先生を辞めてしまいました。そして、ライブハウス通いをするようになり、ミュージシャンの追っかけをはじめ、ミュージシャンに会いたい一心で取材に行き、結局フリーライターになってしまったのです。娘はしゃべりまくるだけでは足りなくて、それを文章に書きまくるようになったのでした。
娘はときどき、友達のことばを思い出します。
そして、自分でも「あの父にして、この娘あり」だと、しみじみ思うのでした。
★このストーリーは部分的にフィクションです。