読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

セミナースケジュールはこちらです。 山本美芽オフィシャルサイト

鉄道博物館で、ゼロ系新幹線に乗る

こんにちは。音楽ライターの山本美芽です。

 春休みということで、子どもたちを連れて、埼玉県の大宮にある鉄道博物館に行ってきました。

 うちの息子5歳は、とにかく、鉄道マニアで、新幹線を見た瞬間に、 「はやて」「こまち」「N700系」「あさま」・・・等々、種類を言える んです。

 彼は朝から晩まで、ほとんど電車のことだけを考えて生きています。

 そんなわけで、上越東北新幹線ニューシャトル東北線高崎線の線路の真ん中に建っているこの博物館。息子にはもう、大興奮の場所で
した。

 私一人では、引率がしんどいと思い、埼玉にいる私の両親にも来てもらい、子どもたちと私あわせて5人で見学しました。

 ものすごく古い「三等客車」が、迫力ありました。
 あずき色の暗い重量感のある車体。あめ色の木でできている窓枠。
 車内に入るとき、階段がひとつひとつ高い。
 中に入ると、全部、内装はあめ色の木。座席の背中も木。床も天井も木。
 車両の真ん中へんにはストーブ。

 ちょっとだけ腰掛けるのならいいけれど、クッションもない この座席で、長時間ゆられていたのか・・・。

 75歳になるうちの父が、
「大学生の頃は、こんな感じだったな」といえば
 母も、「そうね、大学生のころ、和気から岡山に出るとき、こんな
だったわ」
 と、50年以上昔のことを、懐かしく話してくれました。

 私の母は、岡山県の和気町というところで生まれ育ち、大学を出てから就職のために上京しています。
 当時、岡山から東京までは、夜行列車だったそうです。
 それが、私を連れて埼玉から帰省するころには、新幹線ができてどんどん便利になったのよ、と話してもらいながら、新幹線開業
当時の、ゼロ系新幹線の車内に乗りました。

 夜行列車と言うことは、10時間以上かかるわけで、今ならば成田からヨーロッパとかアメリカに行けちゃうなと、考えてしまい
ます。

 大正生まれで、94歳でなくなった私の祖母が、
 「自分が飛行機に乗るようになるとは、思わなかった。飛行機なんていうのは、自分には関係ない乗り物だと思っていたから」
 と、しみじみと言っていたのを思い出しました。

 一昔前の特急車両が、ランチトレインとして解放されています。
 5人で特急車両の座席に座ってお弁当を広げていると、なんだか、旅に出ているようで、ワクワクしてきました。

 歴史的な車両が展示されている1階から、3階にあがると、 東北・上越新幹線の線路が目の前にある「ビューデッキ」。
 白地に赤いラインの新幹線が通り過ぎると、
「わーーーー!」と歓声があがりました。

「何あれ? カッコよかったね??」と私がいうと
スーパーこまちだよ、お母さん!!」と、娘に教えられました。

 その後も、ほとんど五分おきに、新幹線が次々に通りますが、はやぶさにしても、あさまにしても、ほれぼれするほど、きりっと
格好いい車体で、それぞれに個性があり、飽きませんでした。

「高度経済成長」
 言葉にしてしまうとひとことですけれど、あのボロい三等客車の時代から、スーパーこまちの現代まで、50年とか60年ぐらいで
日本は激変したんだなと、肌で感じた1日でした。

 変わるもの。
 変わらないもの。
 流されて変わるもの。

 自ら変わるもの。
 あえて変わらないもの。

 鉄道車両は、時代とともに進歩してきました。

 自分は年をとりますが、果たして、変化という観点では、進歩になっているかどうか。

 子どもたちの引率でぐったりしていた帰りの電車で、ちらっとそんなことを考えました。

 鉄道博物館 http://www.railway-museum.jp/