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音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

セミナースケジュールはこちらです。 山本美芽オフィシャルサイト

弟の結婚式@椿山荘 2012年4月8日

ライター日誌

桜が満開のすばらしい天気に恵まれた日曜日。弟の結婚式でした。弟は現在フリーランスで携帯電話のアプリ製作などをしていて、私のホームページも弟がつくってくれたものです。、でも、だいぶ前につくってもらったので、きっと今なら、もっとすごいページになるのでしょう。

弟とは3学年違いですが、私が3月生まれ、弟は4月生まれ。実際は2歳ちょっとしか違わないのですね。でも私はいつも弟と話すときは「お姉ちゃんが」と、主語を「私」ではなく「お姉ちゃん」にしてしゃべって、すごく威張ってる姉でした(爆)。テレビのチャンネル争いもすごかったなー。

一度、チャンネルを私が右に回し、弟が左にまわし、また私が右にまわし、弟が左に…そしてチャンネルがぼろーんとテレビからとれてしまった思い出が(爆)。もちろん、夕方の5時になると、テレビの再放送、「ルパン」「ガンダム」「宇宙戦艦ヤマト」「キャプテンハーロック」「銀河鉄道999」など、いつもふたりで見ていたんですけどね。「ヤッターマン」も一緒に見て笑ってたなあ。しかし「ベルばら」は、私ひとりが盛り上がって、弟はどうでもよかったみたいです。

小学生のころ、「ガンダム」が流行って、私は当時モビルスーツのイラストを描くのがちょっとだけ上手で(今は描けません!)、私が描いたザクの絵を弟が「お姉ちゃん、うまいじゃん」と喜んでくれて。でもガンダムは形が複雑だから描けなくて、ザクは線が少なくてやさしいからザクだけは描けて。シャアザクは描けたんだったかな。とにかく、「じゃあお姉ちゃんが描いてあげるよ」と、いくつもザクを描きました。威張っていました…。「ふうん、男子にザクの絵が受けるんだ」と気を良くした私は、当時入っていた「新聞委員会」で、学年新聞の片隅にザクのイラストを描いて勝手に載せたら、弟が「お姉ちゃん、これみんな、すごいっていってたよ」と学校から帰るなり言ってくれた…ささやかだけれど懐かしい思い出が、なんだか次から次へと思い出されます。

話は私が結婚したときに戻りますが、当時、私は学校の先生をしていたのです。ですから、同学年の先生に、教頭先生、校長先生、さらには、前任校の校長先生に、教頭先生までお呼びして。夫も当時、若かったですから、役職にはついていませんでした。同僚の方々、先輩、係長に課長と、上司がたくさん来てくださいました。さらに私の父は、10人兄弟。おじさまおばさま、いとこ、親戚の人数もちょっとしたものなんです。

目上の方がいっぱい。失礼のないようにと、神経を使いました。それでトラディショナル系の会場をいろいろ見て、庭園や室内の雰囲気が気に入って、椿山荘にしようと決めたのでした。格式のある雰囲気のわりに、シティホテルよりも値段が抑え目で、コストパフォーマンスが良かったのも、決め手だったりして。

それに比べたら、弟はフリーランスですので、気楽なものです。
結婚式? どうしようかな? ぐらいの感じで。最近私もほとんど弟には威張っていないので、あまり口うるさく「しなさいよ」とも言わず「すれば?」ぐらいで我慢していました。でも、新郎にとってはどっちでもよくても、新婦にとって、それから両親にとっては、結婚式はしたほうがうれしいに決まっています。ですので、式をする、と聞いたときは、よかったぁーと本当にうれしかったです。

弟が私たちと同じ、椿山荘にするというのも、別に深い理由はなく、たまたま良いプランがあったから、ということだったそうですが。でも、やっぱり、なんとなく嬉しいものですね。私としては、20代の花嫁だったときと今で、かなりの年月が流れているので、「まあ美芽ちゃん、老けたわね〜」とか親戚のおばさま方に思われたらやだなとか、余計な心配が若干ありましたが、それは考えすぎでした(爆)

わたしは結婚式のときウェディングドレスと色ドレスで、和服を着なかったのです。疲れるから着たくない、それだけ。あまりあこがれもなかったし。どっちの衣装も、いま写真を眺めても気にいっています。でも、最近になって、和服も着ておけばよかったかなあ、とも思うのです。そんな話を弟夫婦にちらっとしました。

弟夫婦は、最初は和服なんて着ないでしょ、という話だったのが、結局、洋装で教会式をあげて、お色直しをして和装という流れに。余計なことを言ってしまったかなあとも思いましたが、結果として、和装はものすごく素敵で、いいなー私たちもやっておけばよかったと悔しいくらいでした。

式の当日は、何日か前に嵐があったあと、これ以上はないというほどの見事な晴れ。滝の見えるチャペルには光が降り注いでいます。モーニングを着た弟は、私の娘9歳、息子4歳の手を引いて、しずしずと歩いて祭壇にやってきました。子どもたちがお役目を果たして私のそばに座り、にこやかに堂々と、びしっと立って花嫁を待っている弟。磨かれたぴかぴかの靴が良く似合っています。なんて立派になったのだろうと、弟がまぶしくて仕方ありませんでした。

朝、眠いといってぐずっていた小学生のころの姿や、大きくなってから、コタツで寝てしまった弟を深夜になって祖母が一生懸命「起きられ」(岡山弁で、起きなさいの意味)と起こしていた様子とか…あの子が(と、やはり私は「お姉ちゃん」なのです)、こんなに立派になって!!!! 姉だから知っている弟の普段の姿と、いまの姿が、ぐるぐると走馬灯のようにまわっていました。

あとで母に、「ここまで…大変だったねぇ」というと、母も「ほんとねえ」とちょっとウルウルしながら、笑っていました。

披露宴での話などもいろいろあるのですが、書ききれないので、続きます。