音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

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ろう者と手話について、知らなかったこと

社会・経済批評を非常にわかりやすく、鋭い視点から展開している「ちきりん」さんのブログを1年ほど前から読んでいます。

ちきりんさんの夏休みおすすめ本があって、興味を持ったのでいくつか読んでみました。

そこで一番衝撃的で、これはピアノの先生、学校の先生、お母さんたち…といった私の読者の方々にも絶対に読んでもらいたい本がありました。

山本譲司さんの「累犯障害者」(新潮社)です。

私は大学院を出てから、1年ほど埼玉県の養護学校に勤務していたことがあり、初任者研修を受けさせていただいたこともあり、障害者をめぐるさまざまな問題については、いろいろと知る機会がありました。

生徒たちのお母さんたちが、みんなものすごく精神的に強くて、尊敬できる方が多かったことをいまでも覚えています。たくさんの素晴らしい経験と同時に、解決策も見えない重い問題にもいくつも直面しました。

きょうだい3人全員が精神薄弱の家庭で、お父さんがアルコール中毒で、福祉からもらったお金をお酒に使ってしまうとか。

私自身、中学生の男の子の担任で(なぜか女の子がとても少なかったのです)、トイレ介助やオムツ換えは、男の先生にやってもらいたいところでしたが、そんなことをいっていられない状況でした。

しかし横綱級の体重の生徒さんが取り乱したとき、体格的には私などは何もできることがなく、男の先生の出番が続き、男の先生たちは次々に腰がいためるなど体調を崩して休職。次は誰が休職するのか、誰が怪我をするのか、はらはらしながらの毎日でした。

しかし、この本のなかには、もっとずっと重い現実がありました。

行き場所がどこにもなくて、刑務所が安住の地だから、犯罪を繰り返してしまう障害者がいる。

もっと衝撃的だったのは、ろう教育の抱える大きな問題。テレビで普段見ている「手話」というのは、ろうの方々が使っている手話とはぜんぜん別だというのです。

「彼らが言うには、ろうあ者が用いる手話は日本語とは別の言語であって、健常者が学習する手話と比べ、文法や表現方法には大きな違いがあるのだそうだ」(199ページ)。

しかしろう学校では、読唇術とか、発音などに時間を割いて、それが非常に困難なため、抽象的な概念を理解できないまま大人になってしまったケースも少なくないとか。

「聾教育の現場に、「9歳の壁」という言葉がある」(245ページ)

「多くの場合、ろうあ者が結婚する相手は、やはり、ろうあ者となる。実際に、ろうあ者同士が結婚する確率は、9割以上だといわれている」

 耳が聞こえないということは、言葉の獲得にも、抽象的な思考の獲得にも、これまで私が想像していた以上の困難があり、耳が聞こえる人たちの社会に混じっていくことは非常に難しい面を抱えているのですね。

 「9歳の壁」という言葉は、日本語補修校にも存在していました。小学3年生になると、抽象的な言葉が増えてくるので、第二外国語としての日本語を勉強しに日本語補修校へ来ている子達が、どんどん脱落していく現象が、どこにでも見られるのだそうです。実は、小学3・4年で日本から外国の小学校に移るのが一番危険だといわれいるのですが、その理由も、抽象的な概念を日本語でも外国語でも身につけるチャンスを失ってしまうから。

 犯罪について書かれた本なので、事件の描写も出てきます。読むのはつらいです。ただ、山本さんの筆致は、正確であろうと努力しつつ、読み進められないようなことがないような、気を遣った書き方をしています

 養護学校で会った子どもたちは、ほとんどが両親に守られ、大切にされていました。学校でも家庭でも、愛情をいっぱいに受けていました。でも、この本に出てくる犯罪にかかわった障害者たちは、大切になんてされていなかったし、福祉ともつながっていないケースが多かった。犯罪は憎いけれど、こんな現状のままでいいはずがありません。

累犯障害者 (新潮文庫)

累犯障害者 (新潮文庫)