読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

セミナースケジュールはこちらです。 山本美芽オフィシャルサイト

欲張りでもいいのかも。と小曽根さんを見て思った

この前、自分が欲張りすぎなんだよなーと思い、くよくよしていた気持ちを記事にしました。そういうある意味ネガティブなことを書くのって難しくて、いつもポジティブで前向きなことだけを書いているほうが、もしかしてプロフェッショナルなムードが演出できるのかもしれないし、そうするべきなのかもしれない。

けれど、私はやたらと前向でかっこいいことが書いてある文章を読むと、たいてい「そりゃそうだけど。そうはうまくいかないって」と反発したくなる。しかし反発する余地がないほど説得力があるポジティブな文章だと「すごいなあ。私には無理」と、どよーんと落ち込んでしまったりするほうなんですね。ひがみっぽいのか(笑)。

やたらとポジティブな文章はうそ臭くてリアリティがない。
でも、ネガティブな文章を読んでヘンに負のパワーをもらうのも嫌。
読みたいのは、そのどっちでもない。
試行錯誤のプロセスなんですね。

ミュージシャンにインタビューするときも、結局、「あなたの試行錯誤ポイントは何ですか」ということに終始している部分があるし、それがインタビューの核でもあるような気がします。

自分の迷いや葛藤、後悔、恥ずかしかったこと。ネガティブな感情を撒き散らそうという意図はないのですが、試行錯誤のプロセスを描くことに意味があると、信じています。だから自分が持つ迷いも、ブログでは目を背けずに、冷徹に書いて行きたいと思っているのです。

それでタイトルの「欲張りでいいかも」なんですが…

この前、ピアニストの小曽根真さんのセミナーに行って、(レポートは「フュージョン・ダイアリーの記事をご参照ください)、小曽根さんがジャズにタンゴにラテン、そしてクラシックと、徹底的にマスターして自分流に弾きこなしているのを聴き、「ああ、この人、ほんっとに欲張りなんだな」と思ったんです。雑誌の原稿っぽく上品にいうなれば「どん欲」というところですが、要するに「欲張り」なんだと思いました。

だって、日本でも一番うまいランクのジャズピアニストになっちゃったくせに、ジャズだけできるんじゃ満足できなくて、クラシックも練習してるわけですよ、小曽根さんは。そんなに小曽根さんばっかりうまくなっちゃって、他のピアニスト困っちゃうじゃない、と心配になるぐらい。

しかしこの方の欲張りは筋金入りですから。クラシックを練習しはじめた頃に突然欲張りになったわけじゃない。まず10代のころに、誰よりも速く弾きたかったと思って必死に練習していた時期があって、連打もオクターブアルペジオもとんでもないテンポでこなす、誰もが度肝を抜くようなものすごいテクニシャンになってしまった。

その後も「速いだけじゃだめなんだ。きれいな音が出したい」と思ったら、すごい勢いで練習して、すっごくきれいな音で弾けるようになっちゃった。ピアソラがはやった頃にはタンゴをものすごい勢いでマスターしていたし、ビッグ・バンドの活動だってやっているし、まあ欲張りといえばそのとおりですよ。

で、そのとんでもない欲張りを続けた結果、10年前、5年前の演奏と今を比べたら、昔がヘタに思えるぐらい、…(といっても昔は昔で充分すごかったんですが)うまくなってます。

40代にもなって、そんなに進化発展をするなんて、とんでもなくすごいことだと思うんですよね。でも、昔のアルバムと最近のアルバムを聴きくらべてみると、まさに進化している。

ピアニストの塩谷哲さんも、今年1月にライブを聴いて、ピアノうまくなったなーとびっくりして、若い頃のアルバムを聴きなおしたら、昔のアルバムでのピアノがすごく下手に聞こえてさらにびっくりしてしまったし。

ドラマーの則竹裕之さんに関しても、今年に入って3本ライブを聴きましたが、最初のライブで「今日はスペシャルに良かったなあ」と思ったのですが、その後も聞くたびに「スペシャルに良かった」と思い、「もしかして5年前より、則竹さんのドラム、ステージがずーっと上にいってる??」と気づき。しかもご本人は昔も今も、自分の演奏にぜんぜん納得していない様子。

あれだけの演奏をしていて、こっちは感動しているというのに、まだまだです、みたいに演奏する側が思っているとしたら、それじゃ感動したこっちは低レベルなのか(笑)…、複雑なんですけどね。

結局それは謙虚であることは確かなんだけど、その謙虚っていうのは、結局、「欲張り」ってことじゃないかと。そう、要するに、「欲張り」であることが、自分を向上させるエネルギーなんじゃないかと、最近痛切に思うんです。

音楽家のみなさんは、うまくなりたいと「努力をしている」というより、「こういう音楽が自分はやりたい」という欲が、とてつもなく強いんじゃないかと。もちろん欲が強いだけではだめで、そこに音楽的な才能があってはじめて、歯車はうまく回るわけなんですけどね。

自分自身が欲張りすぎるのでは、と迷うのは、おそらく、歯車がうまくまわっていないから。もちろん、現実問題として、歯車がまわるようにいろいろ見極めて、あきらめることも、順位をつけることも、取捨選択することも大事。だけど根本的な問題として、欲張りだからできる努力、成長というものあるわけで、欲張りであることが、すなわち悪いこと、いけないものじゃないんだ。

そんなふうに、最近、欲張りなのは、ひとつの長所かもね、と思いはじめています。