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音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

セミナースケジュールはこちらです。 山本美芽オフィシャルサイト

英検の結果

 アメリカから帰国して1ヶ月もたたない1月に、娘とふたりで英検を受けてきました。金曜日に「合格」の結果が! 娘は大丈夫だと思っていましたが、私はぜったいダメだ、落ちたと思っていたので、とにかくほっとしています。

 落ちるのが嫌というのもあるんですが、落ちた場合、1年間は1次試験免除でもう一度受けられるんですね。でも受験料は普通に6000円かかる。またそれだけ払って2次だけ受けに行く、というのがすっごく気が重かったので、そんなことをしなくてもいい、というのが、うれしい!!!!

 試験を受ける、というのは実に久しぶりでした。おそらく教員採用試験以来。そして小学2年生の娘にとっては、当然ながら生まれて初めて。

日本に帰って英語を忘れないうちに、何か形になればという気持ちで申し込んだのですが、いやはや、大変でした。でも、試験というのは、自分について知るために、すごく良い手段なんだと痛感しています。

 しかし本当の動機といえば、
「英検も、日本で受けるのだったら、会場が近いし、アメリカよりずっと楽だよね」
 という考えがありました。 

 カリフォルニアで英検を受けようとしたら、2級まではサンノゼ(ドライブ3時間)、準1級からはロサンゼルス(ドライブ6時間)まで行かなくちゃいけないんです。それが日本だと、うちからふた駅。なんて楽チンなんでしょう。英語を忘れちゃうといけないし、とにかく早めに。と、思いついたまではよかったんです。

 でも、当日私は準1級で午前中、娘は3級で午後に試験があり、私の筆記試験が終わるのは12時。結局、夫に試験会場まで娘を連れてきてもらいました。息子をベビーカーに乗せて。このころは寒くて風邪もはやっていて、私も体調を崩したりして、もう、会場に当日いけるかどうかハラハラドキドキ。

 実は英語そのものより、娘が「住所」とか「電話番号」「とか「受験番号」という漢字をまだ習っていないので読めない、ということに気づいてからのほうが大変でした。結局試験会場では、年少者は親がついていて、受験番号などをきちんとマークシートに記入するのを手伝ってよく、試験開始直前に教室から出ればよかったのですが・・・。しかし、マークシート試験じたい初めてだし、正しく記入なんてできるのか。とにかく心配でしたが、試験を受けること自体、ひとつの良い経験だと思うことにしました。

 私自身は、試験を受けるのは、家事と子育てから開放されてのんびり英語に浸れることが楽しみで、家族がまだ寝ている日曜日、自分の朝ごはんだけ食べて、みんなの朝ごはんは用意して、足取りも軽く試験会場に向かいました。

 と書くとなんだか嫌らしいような感じですが、とにかく英語なんてゆっくり読むヒマ、ずーっとなかったんです。いつも子どもが「おかあさーん」といろいろ言ってくるのがない! しーんと静かな中で、思う存分英語のことだけ考えられる! というので、楽しかったです。

 しかしリスニングのところで、イギリス人のスピーカーが話しはじめたら、まったくわからなくなり、青くなりました。アメリカ人に代わったら急にわかるようになったんですが。

 2次は、4こま漫画を見て英語で2分間ナレーションをするというものですが、直前に子どもたちのカナダ人の家庭教師の先生にリハーサルでレッスンしてもらったところ、文法のミスが多いと。山のようにダメだしをされてががががーん。日本人を教え慣れている先生ならではの指導です。アメリカでは、話している最中に、いちいち文法を直してもらうチャンスがほとんどなかったなーと気づきました。移民の英語をいちいち直すなんて相手に失礼だから、わかろうと努力する態度のほうがマナーみたいな風潮があるのかも。

 文法!? どうしよう、まずいと思いつつも、試験まで数日、あまりできることはなく…。娘は過去問を買っていちおう私と、家庭教師の先生と一緒に練習をしましたが、センテンスで言えない。単語で答えてしまう傾向があるので、「センテンスで言わないとバツなのよ!!!」と毎日言い聞かせました。

 英検の2次には、発音を採点する項目がないんです。面接官の発音が日本人アクセントが強すぎて、帰国子女だと理解不能、というケースもあるという話もあちこちから聞いて、それも心配でしたが、それは大丈夫だったようです。

 私は発音が悪すぎて、アメリカ人に通じなくてすごく苦労して、アメリカ生活の後半ではとにかく発音をアメリカ人の家庭教師の先生と必死に頑張り、何かアメリカ人に話しかけたとき通じなくて聞き返されることもなくなり、日本人なのに発音いいね、ぐらいお世辞で言ってもらえることも時々出てきて、とにかく発音を頑張りました。でもその間に文法がお留守になっていたんです。そして英検では、おそらく文法の間違いをチェックされるらしく。日本の試験ですからねー。しょうがないんですよね。

 当日、2次試験では、ぜんぜん思うようにしゃべれなくて、ぼろぼろ。質問に4つ答えるのも、最後の1つは何をきかれているのか、知らない単語が文章の中にあって意味がよくわかりませんでした。

 合格したのはいいけど、試験というのは、弱点がよくわかるものです。私は新聞をずっと英語で読んでいたせいか、語彙とか長文読解はわりと良かったのですが、正しい文法で長い文章をしゃべるのがまだまだ勉強が足りないし、イギリス英語の聞き取りも課題。

 娘の課題もいろいろ明らかになりました。勘で解いていて、文法なんかは理解しきれていない部分も多々あるので、それをこれからやっていかないと。

 帰国子女だと、6年生で準1級ぐらいは特に珍しくなく、1級をとっている子もたくさんいるし、ロサンゼルスの会場では、幼稚園児で準1級を受けている子もたくさんいるという話です。娘も私も、まずはここをステップに、もう少し高いレベルを目指したいと思います。

 試験を受けるというのはお金もかかるし、疲れるし、いやなもので、なんで受けることにしちゃったんだろうと思いました。まるでピアノの発表会とそっくり。でも、終わってみると、ひとつ経験が増えて、度胸もちょっぴりついて、自分のこともよくわかって、やっぱり受けてよかった、そう思うのも、発表会とそっくりです。もしかしたらコンクールになるともっとそういう効果があるのかも。

 私が1次試験を受けた部屋に、4年生ぐらいの男の子がいました。ほかの社会人や大学生が、英検の対策本を広げている中、その男の子は、洋書を広げて読んでいました。帰国子女なのかもしれません。子どもの場合、やっぱり基本は英語の読書で、そこで全体的な力をつけてから、あちこち補強するしかないなあ、と思います。

 ピアノと英語の勉強って、こういう面で、すごく共通点が多いと思うのです。「21世紀へのチェルニー」という本を書いて、練習曲ってやらなきゃいけないの? 自分の生徒には、やらせる? という自問自答がいまだに私の中では続いているわけですが、こういう「英語の面白い本を読んで英語力をつけている小学生」の存在は、考えさせられる点が多いです。

 英検の参考書は、ピアノでいえば、練習曲。小学生のうちは、面白い話の洋書を読むように、面白い曲をたくさん弾くのが一番いいんじゃないかと。練習曲というのは、小学校の低学年から中学年のうちは、特別優秀でない普通の生徒には、大人がピックアップしたものをちょこちょことやらせる程度にとどめるのが妥当だなという気がしました。

 従順な子は練習曲も、やりなさいといわれれば我慢してやるでしょうが、目的意識を持って使いこなすのは無理で、モチベーションもさがるし、効率がいいようで非効率では。友達と競わせるとか、何か装置があれば別かもしれませんが。特別に優秀な子は、小学校低学年でも結構練習曲の目的意識をわかってできるかもしれませんが、ほんとうに一部のケースのみではないでしょうか。

 普通のピアノの生徒さんが、練習曲を弱点強化のために目的意識をもって本当の意味で使いこなせるとしたら、中学生以上とか、大人になってからなのかなあ・・・。