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音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

セミナースケジュールはこちらです。 山本美芽オフィシャルサイト

ピアノの先生のワークライフバランス

ライター業と並行して、ずっと2−3人のピアノの生徒さんを教えてきました。子どもが生まれる前も、子どもが生まれたあとも、アメリカにいってからも、なぜかずっと。帰国してからさっそく、5歳のお嬢さんとご縁があり、もうすぐレッスンを始めることに。ピアノをはじめて弾く初心者の幼稚園児さんです。責任重大ー!! でもとっても楽しみです。「うたとピアノの絵本」の「1 みぎて」を久しぶりに見直してみようと思います。

ひとつ迷っていたのが、生徒さんを教えると、自分の子どものレッスンやら練習がおそろかにならないか? ということ。アメリカに行ってほとんど専業主婦状態で娘と放課後過ごしていて思いましたが、やはり、母が放課後家にいるのといないのは、違います。どっちがいい、とはいえません。でも、5時以降一緒だった渡米前と、放課後全部一緒だった渡米後では、何かが違うんですね。

よくいえば、渡米前は、接する時間が短かったから、ぶちきれないで、いい関係。悪く言えば、見たくない部分は、お互い見ないようにしていた。渡米後は、娘と接する時間が長く、お互いのいろんな部分にイライラしてぶつかることがずっと増えました。意味のない単なるぶつかりあいもあったと思うんですが、なにごとも一緒に取り組む、という面も大きかった。

息子が生まれてからは、赤ちゃんの面倒をみながら英語と日本語の読み書きを教えるという戦場のような日々でした。「お父さんが帰ってくるまでは、どんなことがあっても、ふたりで頑張るしかないんだよ。おじちゃんもおばあちゃんも、日本から助けにこれない。お父さんも会社で仕事をしなくちゃいけないんだから」といつも娘の目を見て言い聞かせていたのを覚えています。

私が疲れ果ててご飯を作る気力もなく、簡単に食べられる冷凍食品もなく、運転して買い物に行くには遅すぎる、もう限界、体が動かない、赤ちゃんは泣く、もう時間は8時近い。そんなときに、娘はぐずるわけでもなく、黙ってテレビを見ながら、お菓子を食べて待っていました。必死の思いでなんとか作った焼きそばを机に並べて「できたから食べて」と声をかけると、文句も言わずに娘は食べていました。

「大変!!! 明日集金なのに、1ドル札が足りない」と私が青くなっていると、娘はよく「お小遣いに1ドルがあるから、それ使って」といって持ってきてくれました。

日曜日の朝に、私が寝坊していたら、娘は先に起きてホットケーキを焼いていてくれたこともありました。

「お母さん、着替えがないよ」という娘に、「乾燥機からまだ出してないから、発掘してきて」と叫ぶと、「これ、お母さんのもあったよ」といって持ってきてくれたこともありました。どれも、小学1年とか、幼稚園の年長のころです。

一緒にジンジャーブレッドクッキーでお菓子の家を作ったり、お友達が遊びに来たときはドーナツを揚げたり。買い物に出かけて「いいのがないね」とがっかりして帰ってきたり。食料品の買い物に一緒に出かけては「これあったよ」と商品を娘がとってきてくれたり、余計なお世話がいろいろあって「それは持ってこないで!!戻してきて」と頼んだり。

一度だけですが、毎週土曜にある日本語補習校の宿題が金曜日に終わっていなくて、夜の11時ごろから宿題をはじめて、夜中の2時まで一緒にやったことも。最初は「金曜日になって、こんなに終わってないって、どういうこと!!信じられない!!!」と怒っていた私はだんだん怒る気力がなくなり、「はい、次、これ。計算が変。そう、そう。じゃ次、これ。何人の人が抜けてる。書いてください。書けた。はい次は漢字。はみ出てます。消して」みたいな、事務口調になってしまって、それが冷静になったというより、眠さと疲れのためだったのが、我ながらおかしかった。


思えば、娘とは、そんなふうにアメリカにいる間、何か、お手伝いをよくしてくれるとか、私が宿題の面倒をみたとか、そういうのではなく、まるで戦友どうしのように過ごしていたんです。

私が子どものころ、私の母は仕事をしていて、平日に一緒に買い物に行ったことはなかったし、同居の祖母が家事をしてくれていて、お手伝いはさぼろうと思えばさぼれたので、ろくにやらずに遊んでばかりいました。勉強もちゃんと教えてもらったけれど、そんなに切羽詰ってやったことはなかったなあ。

うちの娘の場合、お手伝いというよりもとにかくサバイバル的な感じで気がついたら巻き込まれていたというか。私自身も、娘の勉強に、サバイバル的に半強制的に巻き込まれてしまっていたような。この感じが、戦友っぽくもあり、仕事で夕方6時まで保育園に行かせていたときにはなかった感覚でしょうか。

下の息子といえば、これがまた、「マミー、アイラブユー」といってちゅっとしてくれるような、お母さん大好きでしょうがない男の子になりました。ちょっと今わたしも本を読みたいんだから、お願いだから静かにして!!! と言ってしまうこともあります。

が、一緒に本を読んであげたり、遊んであげるのが、やっぱり楽しい。そして、息子は、読んであげた分、言葉を覚えていくのです。上の娘が保育園に行っていたときは、こんなに本を読んであげる時間はなかったなあ。保育園で読んでもらっていたのでしょうし、それで問題なかったのでしょうが。

子どもと過ごす時間が増えた分、原稿書きに必要な自分の勉強が足りない足りないというあせりはありつつも、インプットはあとでもできるけれど、子どもたちはもう少ししたら、こんなに私のことは慕ってくれなくなるのは目に見えている、という思いもあります。

生徒さんを教えるのは、自分の子どもを教えるのより、楽しいです。冷静になれるし。だから、そっちに逃げて、自分の子どもをおろそかにしてしまわないだろうか、と不安があります。

だからといって生徒さんをとらずに、自分の子どもたちの相手に集中していたら、どれだけ自分の子が伸びるのかといえば、保証もない。

しかしやはり、いましばらく、ある程度の時間、一緒にいられる状態を確保するのは、どうしても重要ではないかと思ってしまうのです。

悩みに悩んで、とりあえず生徒さん一人から初めて様子をみることにしました。週に30分、よそのお子さんに集中したところで、たいした影響はないのではと。

もともと私の本業はライターで、ピアノの先生は副業なのですけど、でも、生徒さんがいないのは、やっぱりすごくさびしいんですよね。なぜか、生徒さんがいると、テンションがあがって、いろんな発見もあるし、勉強になるし。

なによりふと思ったのが、子どもたちが大きくなったとき、ピアノをどうやって教えるのか忘れていたら困るから、続けておいたほうがいいかも、ということ。週に30分、私の注意が子どもたちからそれることで起こる弊害よりも、教えることを止める弊害のほうが、大きいような気がして。

それにしても、世の子持ちのピアノの先生方は、自分の子どもが学校から帰ってくる時間帯に、生徒さんたちが来てしまう以上、自分の子どもとべったり一緒にいられない。そうなると、自分の子どもの練習なんかは、あまり見てやれない構造があるような気がしてならないんですが、どんなものなんでしょう。

夜6時ぐらいでレッスンを切り上げるのなら、普通のワーキングマザー並みかもしれませんが、もっと遅くまでやっていたら、子どもと接する時間があまりとれないのでは。よその子ばっかり一生懸命教えて、自分のことはかまってくれない、というふうにわが子が思ったら、とか、あれこれ考えてしまいます。

経済的な問題で、とにかくレッスンで稼ぐ以外の選択肢がない、というような場合はもちろんそちらを優先するのが当然かとは思いますが。みなさんどうされているんでしょうね。一度、ムジカあたりでアンケートをとって特集にしてみたいものです。