音楽センスを伸ばしたい!

音楽ライター山本美芽による、ピアノレッスンに関する取材日記です。

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自分が本当に好きな音楽を探していきついた…インコグニート

アメリカに来てからお友達になった日本人のママ友達に、どういう音楽が好き? とたずねると、特に好きなアーティストってみつからなくて…という答えが驚くほど多いです。誰がいいのかわからない場合、とりあえず有名どころを買ってみる。たとえばジャズピアノだったら上原ひろみ、ジャズボーカルだったらノラ・ジョーンズみたいな選び方。本当にそのアーティストが好きだというよりは、有名だから試しに聴いてみた的なアプローチといえるでしょう。

 有名どころから入るというアプローチは決して悪くないと思います。かなりの人気と実力がある人が有名になっているのだから。でも、寝るのも食べるのも眠るのも忘れて聞き続けたいほど好きな音楽が、そんなに簡単に見つかるというわけでもない。

 これは私自身の経験から思うことですが、結局自分が本当に好きな音楽って、かなりの時間と労力をかけて探さないと見つからないんですよね。

 雑誌やテレビというのは、どうしてもいま活動していて、新しくCDを発表した人の情報ばっかりになりがちです。一般雑誌の音楽欄も、新聞も、音楽誌も。広告がないと媒体が倒産してしまうような仕組みになっている以上、仕方のないことだと思います。でもそうなると、世の中から積極的に発信されている情報だけでは、音楽の世界というショートケーキのてっぺんにのっかっているいちごの部分を食べたに過ぎないわけで。

 幸か不幸か、アメリカに来て足掛け4年、私は音楽誌のCDレビューやインタビューの仕事をお休みし、聴きたい音楽を好きなだけ聴ける状況になりました。もちろんレビューやインタビューの準備のために聴くのも楽しかったのですが、原稿を仕上げなければという一種の強制力があったわけで、それがとっぱらわれたことに意味がありました。
 
 そうやってある程度、音楽業界とか媒体といったものに距離をおいて、何が好きなんだろうと見つめなおしてみると、いくにんかのアーティストが浮かんできます。

 ギタリストのパット・メセニーは、とにかく音色こフレーズも楽曲も、すべてが美しく躍動感も完成度も、すべてがすばらしい。老舗バンドのイエロージャケッツは、おおらかな明るさにシャープなアンサンブルに、歌えるメロディに複雑な要素が交じり合って独特の世界が魅力的。サックスのボニー・ジェイムズは、上品かつファンキーで意識をどこか別世界へ連れて行かれてしまいそうなくらい、そして最近改めて凄い、と思ってCDを1枚ずつ中古で集めているのが、モーリシャス出身の才人ブルーイが率いるアシッドジャズのインコグニートです。

 2ヶ月ぐらい前に、スムースジャズの有線放送をケーブルテレビで見ていたら、たまたまインコグニートがかかっていたのでした。あれ、この曲ってラジオでいつも聴いていいなーと思っていたアレじゃない! インコグニートは好きだったから日本ではライブにも行ったし、CDも何枚か持っていたけど、最近すっかり忘れていました。
 
 あわてて最近のアルバムをチェックしてみると、アメリカのアマゾンでは最近のアルバムでも中古が1ドルとかの激安でマーケットプレイスにいっぱい出ています!そうやって聴き始めたら、いまもまったくパワーダウンしてなくて、完成度が高くていきいきしていて、すっかりはまってしまいました。 

Bees + Flowers + Things
Bees + Flowers + Things
Incognito


 どうしてインコグニートにこんなにひかれるのかな、と自分でも不思議になり、あれこれ考えてみました。

 ほとんどの曲にヴォーカルが入っているけれど、ヴォーカルを楽器のように計算して、いろいろなヴォーカリストの歌声をそれぞれ絵の具のように使って絵を描いているような印象があります。これがいわゆるヴォーカルものとは決定的に異質なところです。

 ストリングス・セクションをかなり前面に出しているのもクラシック慣れしている私の耳にはとても落ち着くし、それがぶいぶいとファンクしているベースやホーンセクションと実によくなじんでいる。エレクトリック・ピアノのローズの音がよく出てきて、優しい、いい味が出ていて、それでいて途方もなくかっこよくてお洒落で…いやはや、彼らの音楽について語るには、まだまだ修行…じゃなくて聞き込みが足りません。現代のポップスとジャズのいちばんおいしいところを贅沢な素材としてつくった、上質なオーケストラ? ってところでしょうか。

 なんでこんなに自分にとって大事な音楽のインコグニートを私は忘れていたんだろう?? と反省しつつ、原因を考えてみました。それはやっぱり、インコグニートという文字が目に入る機会も耳にする機会も、あまりに少なかったというか、ほとんどなかった、ということしか考えられないのですね。たとえば日本から送ってもらうジャズライフに上原ひろみちゃんが表紙に載っていると、うわー急いでチェックしなくっちゃ、と思うけれど、そういうきっかけがなかったので。まあ、情報収集が甘かったということです。

 そこでふと、どうやって自分が本当に好きなアーティストにたどりついたのか振り返って考えてみました。それって雑誌やメディアで大々的に扱われている人だからではなく、徹底して芋づる式なんです。私の場合はT−スクェアというバンドを知り、その中でなぜかドラマーの則竹裕之さんにはまって必死にライブハウス通いをしていた時期がありました…って、過去形なのは別に今もファンなんですが、ライブハウスにはいま通えないからですが。
 
 スクェアのメンバーのなかでも、ギターの安藤さんが好きだというロック系ギタリストや、須藤さんが好きだというマーカス・ミラーも、ひととおり聴いてみて、もちろんいいなと思ったけれど、自分のなかで、メセニーやイエロージャケッツとは別の、もうちょっと距離を感じる存在に思えました。(もちろん、いつかもっともっと好きになるかもしれないな、という可能性はあります)。

 インコグニートは、則竹さんがソウル・ボッサ・トリオで叩いていたときに、こういう音楽いいなと思ってジャンル分けで探したらアシッドジャズになり、そこで名前を知って聴き始めたのでした。

 則竹さんが好きだといっていたアーティスト、ほかにもいっぱいいて、聴いてみたけどピンとこなかったケースもありました。それから、ボニー・ジェームスはスムースジャズの人気アーティストだからという理由で聴き始めました。だから、芋づるの「つる」は何本もあります。切れてしまってつながっていない「つる」もいっぱいあります。でも、そんななかで最後まで途切れることなく今までつながってきたアーティストは、CDのプレイボタンを押した瞬間から他のことをすべてを忘れさせてくれる、かけがえのない宝物です。

 芋づるとは別の観点から好きな音楽を探すアイテムとして、名盤ガイドのたぐいがあります。私もかなり持っているんですけど、そういうものをきっかけに聴いてハマったものというのが、私の場合、あまりないんです。補足的に、あーあの人がいっていたアレってこれか、いちおう聴いておこう…みたいな感じでチェックしておくと、カバーされているときにすぐわかるとか、そのぐらいでしょうか。

 本にしろ雑誌にしろ、名盤ガイドは重要な助けになりますが、決定打にはなりえないのではないか。やはり決定打ともいえる自分がほんとうに好きなアーティストを探すには、まず自分の知る範囲で好きなアーティストを探し、そのアーティストの周辺をさらに探し、それを芋づる式に広げていく、それしかないのかな、と思います。アマゾンの「このCDを買った人はこのCDも買っています」式に、またはそれこそ趣味の合う友達から教えてもらう、趣味が合う音楽ライターを見つけておく、なんだかとっても地道ですけど。

 ま、人生全般も似たようなものかもしれないし、しごく当たり前のことかもしれませんね。